世界中をぷらぷらしてきた

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綺麗に咲いていた桜も散った4月の下旬、俺はいつものように神社で目を覚ました。いい加減見慣れた風景を眺め、いつものようにミネラルウォーターを紙コップに注いで歯を磨き、身支度を整えて出発前に手を合わせる。もうスッカリ習慣になってしまっていた。親類や友人からは俺の身を心配してくれるメールが数多く届き、自分自身でもそろそろボランティアを切り上げて地元に帰りたかったが、帰ったところで俺の家は壊滅状態だったので住むには不便がある。実際、震災後GW明けまでお湯はでなかった。それならば限界を感じるまでボランティアをやってやろうと半ば意地のようにもなっていた。

ひより山には多くのボランティア団体が寝泊りをしていた。メインは恐らく石巻専修大学の校庭なのだろうけれど、そこはNPO法人のような大部隊の陣営であった。俺達のような個人で非力なボランティアは例え怪我をしようと保険はないし、食べるものも寝る場所も自分で用意しなければならなかった。勿論、そんなこと苦には思わなかったし、嫌だとも思わなかった。ただ唯一辛かったのは風呂に入れなかったことと、なけなしのお金が底を尽きそうだったことだった。毎日のようにカップラーメンの生活を続けても1日3食では体が持たない。それに夜は飲みたくなるし、3日に1回は焼酎のボトルを買っていた。ガソリンも馬鹿にならなかった。同じ石巻市内の移動とはいえ、移動の時だけエンジンをかけるわけにもいかず、携帯を充電したい時はエンジンをかけたし、寒い夜は暖房を使った。3.11の経験から、常にガソリンは満タン近くでキープしようと心掛けていたので俺は毎日朝現場に向かう前に給油をしてから向かっていた。


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出掛ける前に顔馴染みになった個人のボランティアや小規模の団体グループに挨拶をして出発する。この日も相変わらずの泥との格闘だった。現場は俺が来た時より良くなっている場所もあれば悪くなっている場所もあった。良くなている場所とは、勿論作業によって片付いた場所。片付いたと言っても勿論人が住める状況ではない。これから住めるかも分からない。そんな場所の泥を何故かきだすのか時折疑問に思ったが、もし仮に俺が被災者だったらきっと建物を後から取り壊すとしても今目の前にあった泥は出したいと思い、ただひたすら泥を運び出した。

悪くなっている場所というのは作業で使う機材だった。機材と言っても人海戦術なのでスコップと一輪車位だったが、柄の部分が木のスコップは折れてしまったものもあれば、一輪車は半分以上がパンクしてしまった状態だった。パンクしていない一輪車も空気が抜けてしまっており、重い泥を運ぶ時はとても辛かった。普段力仕事などしない俺の手のひらは何度も豆が出来てはつぶれ、自分でも自分の手ではないようなものになっていた。

それにしても人の力というか絆というものは本当に素晴らしいものだと本当に思った。石巻で生活して随分経ったが、その辺を走っている車のナンバープレートを見ると他県のものが圧倒的に多かった。ひより山に行くとほぼ100%他県ナンバーのものだった。他人との関係がどんどんと疎遠になっている昨今、このような緊急事態にはいざとなったら力を合わせて頑張れるんだなって思うと少し嬉しかった。


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(なにわナンバーの郵便屋さん)


ある日、他のボランティアの人達が全く来なく俺とおっさんだけの日があった。いつもの様に泥運びをしていた俺におっさんが言った。

お「ぷら君?」

俺「はい」

お「疲れたな~?」

俺「はい・・・でも頑張りましょう!」

お「今日はさ、他の人もいないし2人でやるには厳しいから午後は休みにしないか?」

俺「でも・・・」

お「あれから毎日1日も休まないでやってんだ。半日位休んでも罰あたらねえよ」

俺「それもそうですね」

お「じゃ、午後まで頑張ろう!」

休めるのは実際嬉しかった。でもそれと裏腹に俺は困っていた。昼間、この被災地石巻で自由になっても行く場所がないのである。ひより山へ戻っても昼間で人目が気になるし、とにかくどこに行く場所もなかった。俺はひそかに思っていた。「地元・・・帰っちゃおうかな」と。

お「よーしお疲れ様!終了だー!」

俺「お疲れ様です!あの、俺一旦今日地元に帰ります」

お「そっかそっか。それがいいよ。ぷら君は随分頑張ってくれたし、あとは地元で自分の事をやってよ」

俺「いや・・でも」

お「俺は仕事なんだから当然だし、いいんだよ」

俺「じゃ、携帯教えてください!どうしても人手が足りなかったら呼んでください!」

お「分かった。で、これどうやって番号交換するんだ?俺機械弱いんだよ」

俺「じゃ、俺がおっさんの携帯に俺の番号登録しときますよ」

お「ありがとな」

俺「おっさんも元気で!無理しないでくださいよ」

お「ああ。ぷら君みたいに見ず知らずの人がこんなに大勢石巻の為に頑張ってくれてるんだ。石巻はきっと復興するよ」

俺「はい」

お「そうだ、帰る前にここの道を真っすぐ行った幼稚園行ってみなよ」

俺「幼稚園?」

お「あの辺りは特に津波被害が多い場所だったんだ。1000年に1度って言われてるこの地震とつなみの跡を生で見ておくことはきっと大切な事だと思うんだ」

俺「はい!そうしてみます!」

こうして俺は現場を後にした。いつも作業が終わると向かっていたひより山とは逆方向に車を走らせる。おっさんが教えてくれた方向に走ると、そこにはTVの画面でしか見た事がなかった風景が広がっていた。


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何も無かった。本当に何も無かった。

誰かが「もし本当に神様ってのがいるなら、それは残酷な奴だよな」って言ったのを思い出した。

俺は何故かなかなかその場を離れる事が出来ず、その地区を車で降りて歩き回った。


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帰る頃には陽が沈みかけていた。

石巻には必ず未来がある。そう信じて俺は一旦地元に戻った。
コメント
この記事へのコメント
ぷらぷら長い間お疲れ様!!

そしてありがとう。

また更新待ってます。
2011/05/16(月) 12:19:52 | URL | 623 #-[ 編集]
お疲れ様。
本当にお疲れ様です。

俺は札幌在住ですが、支社の人間が石巻に住んでいます。
被災地の声を聞くと本当に残酷で悲惨な話ばかり聞きます。
でも、当然そこに生きている人がいて、前向きに動き出してる。
人間ってすごいなと思います。つくづく。

被害に遭われた方々をなんとか元気づけたいと
出版の仕事をしている俺たちはいま、一冊の本を作っています。
一日でも早くと、取材編集制作ももちろん頑張っていますが、
普段の書店やコンビニの販路ではなく、自治体や避難所などを経由して
直接、現地の方々に届けられるようルート開拓も頑張っています。
色々な企業や団体からチャリティを募り、皆さんには無料配布、
印刷費や輸送費などさっ引いて利益が出れば全額募金をします。

売名みたいになりたくないので社名も誌名も書きませんが
遠くからでも、個人で、企業単位で、自分の技能を生かした形で、
なんとか、どうにか、被災地にエールを送れたらと
そう考えてる人間が世界中にいっぱいいることを伝えられたらと思い
長々と書かせていただきました。

ぷらさん本当にお疲れ様。
元気貰いましたありがとう。
2011/05/16(月) 17:37:17 | URL | #-[ 編集]
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