世界中をぷらぷらしてきた

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何度も何度も夜中に目が覚めた。

気付けばろくに睡眠も取れずに朝になっていた。

車の外へ出て背伸びをするとまだ肌寒い東北の空気が寝不足の俺の目を覚ました。トランクを開けてミネラルウォーターを紙コップへ注ぎ歯を磨く。車を暖気してコンビニの駐車場でおにぎりとカップラーメンを大量に購入すると、俺は再び石巻を目指して車を走らせた。震災後約1カ月が経過していたこともあり、世の中は徐々に普段の生活に戻ろうとしていた。高速道路に乗ると通勤の為の車と支援物資やボランティアの車、更には自衛隊車両で即大渋滞に巻き込まれた。


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午前9時、約2時間かけて俺は再び昨日の現場へと到着した。辺りを見渡すとおっさんがせっせと一輪車で1人泥を運び出していた。

俺「おはようございます!」

お「お、本当にきてくれたのか」

俺「はい!あ、買ってきたものどこに置けばいいですか?」

お「本当に有り難いな。じゃ、そこの休憩所に頼む」

俺「はい!」

おっさんが休憩所と言って指差した場所に目を向けると、そこは津波によって焼却炉が流された場所であった。ただブロック塀がコの字型に立ってるだけで屋根はない。そこにブルーシートを敷き詰め、どこからか拾ってきた木箱のテーブルがあるだけだった。俺はそこに買ってきたカセットコンロや水などを置き、ツナギ姿に着替えた。

俺「さぁ、頑張りましょう」

お「ありがとな。じゃあ、ここにある泥をとにかく外に出したいから一輪車係やってもらえるか?」

俺「はい」

こうして2日目、俺はおっさんと2人で作業をひたすら繰り返した。最初の30分は互いの経歴のようなものを。俺はとても普段はプラプラしている人間だなんておっさんに言えず、コンビニの店員と言う事になっていた。その最初の30分はお互い話ながら作業をするのだが、徐々に疲れが出てきて無言で一輪車を泥捨て場へ運ぶだけの作業になってしまった。泥はいくら掻きだしてもキリがなく、重油を含んだ粘り気のある真っ黒な泥がバケツやスコップから一輪車に入れる時に跳ねる。午前中はもうとにかく必死で泥を掻きだした。

お「兄ちゃん、そろそろ昼飯にしよう」

俺「はい・・・・」

先程の焼却炉跡地へ行き、カセットコンロでお湯を沸かしておっさんに渡すとおっさんはとても喜んでくれた。

お「カップラーメン・・・久々だなぁ・・・・」

俺「へ?避難所とかで食えないんですか?」

お「避難所によるんだよ。いい避難所もあれば悪い避難所もある。物資だってそうだ。沢山ある避難所で余っているものもあれば足りないものだってある」

俺「へ~」

お「俺のいる避難所では毛布が余ってるんだ。10人かそこらしかいないのに50枚も行政からきやがる。でも他には毛布が足りなくて困ってる避難所だってあるんだ。俺のいる避難所は赤ん坊がいないのにオムツだってある。もっと必要としているところがあるはずなのに」

俺「なんでそんないびつな感じになってるんですか?」

お「さぁ、分からんよ。お、家主さんが来たぞ」

俺「え?ここおっさんの家じゃないの?」

お「俺は頼まれて来てるただの大工だよ」

家「ご苦労様~あれ?」

俺「はじめまして。ぷらぷらって言います。個人のボランティアで来たんでこき使ってください」

家「ほぉ~、有り難いなぁ。見ての通り俺はこう、脚も悪いし力仕事が出来ないんだよ」

俺「はぁ」

家「ほんと、有り難いことです。避難所からパンもらってきたんで食べてください」

俺「いや、大丈夫です」

こうして数日、俺はおっさんと2人で作業を続けた。しかしいつまで経っても泥は無くならなかった。

ある日、いつものように朝現場へ来るとおっさんの姿が無かった。勝手に現場に入るのは他人の家に土足であがりこむ様な気がして悪い気がしたが、既に津波で扉や壁はない。俺は勝手に入ってスコップを持ち出し、昨日の続きの外の倉庫の泥を1人延々と掻きだしていた。午後になってもおっさんは現れず、適当に昼食を食べた俺は午後も1人で作業を続けた。そんな時、おっさんがやっとやってきた。

俺「あ、お疲れさんです!」

お「1人でやってたのか?」

俺「はい。今日遅かったですね」

お「今日は知り合いの葬儀だったんだよ」

俺「津波で・・・ですか?」

お「ああ。その家一家全員やられちまったぁ。なんだかな。いざ骨になると悲しいもんだな」

俺「・・・・・」

お「よし、初めっか!」

俺「もう始まってたっすw」


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そしてまた地味な作業に戻った。

そんなことを1週間程繰り返していたらついに倉庫の泥の掻きだしに成功した。

俺「やったっすね!」

お「ああ・・頑張ったなぁ」

俺「はい!あとは?」

お「ここからが地獄なんだよ。家の床下をやらにゃいかんのだ」

俺「どうやってやるんですか?」

お「俺が床をはがすから、そこから入って泥をバケツで運ぶしかないな」

俺「はぁ~」

お「とりあえず今日はここまでにしよう。そういやお前どこで寝泊りしてるんだ?」

俺「昨日はコンビニの駐車場で、おとといは・・・居酒屋の駐車場でしたよ」

お「そんなとこで寝てたのか?!風呂はどうしてたんだ?!」

俺「風呂は3日に1回○○○の道の駅まで高速で・・・」

お「よし、お前今日うちの避難所にこい」

俺「いや、いいですよ」

お「よくねぇ。車でなんか寝泊りしてたら体壊しちまう。横になって寝ろ。布団と毛布はいくらでもあるからよ」

俺「いや、本当に大丈夫ですよ!また来ますね!じゃ!!」

俺は逃げるように現場を後にした。別におっさんの避難所にお世話になるのが嫌だったわけじゃなく、一応ボランティアなのだから被災者の手は借りていけないと思ったからだった。まぁ、今後2~3日普通に世話になっているのだけれども。

そして翌日から家の床下の泥のかきだしが始まった。幸いボランティアも増え、数日後にはNPO法人の団体さんが入る事になっていた。俺はその日各部屋ごとに床をはがした。おっさんがチェーンソーで切れ目を入れ、俺がバールでこじあげる作業だった。案外ガッチリ作られているもので、こんなしっかりした家を流してしまうとは本当に津波の恐ろしさを思い知った。作業中は時折余震も多く、なおかつ海から50mも離れていない現場での作業だったので常に緊張して作業を行っていた。4月も下旬に差し掛かる頃だった。この頃俺は作業にも随分と慣れ、寝泊りする場所は高台のひより山神社で行っていた。ここひより山神社は石巻を一望できる場所で、それはもう・・・津波の恐ろしさを目の当たりに出来る場所であった。


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毎日朝と夕方、俺は鳥居の前で手を合わせた。

4月半ばには桜が咲き乱れ、本当に綺麗な場所だった。しかし桜の花の奥に目を向けると、そこには地獄があった。去年の今頃、今年もこうして桜を楽しもうとしてたに違いない。毎晩、神社の灯りの下で焼酎のお湯割りを飲むのが日課となっていた俺だったが、時折花を捧げて手を合わせ、すすり泣きをする人の姿を見るとなんとも言えず悲しい気分になった。それと同時にもっと頑張ってボランティアを頑張ると気持ちにもなった。

自信から1カ月半が経過しようとしていた。石巻の春はまだあまりに遠かった。
コメント
この記事へのコメント
あんた,漢だ!
2011/05/14(土) 06:32:33 | URL | koh #-[ 編集]
無償でこんな重労働するとは立派じゃねえか
とても普段ぷらぷらしてる奴には思えねえぜ
2011/05/14(土) 08:54:30 | URL | #-[ 編集]
ぷらぷらありがとう!!

涙でる

身体に気をつけて頑張ってね(>_<)
2011/05/14(土) 13:16:13 | URL | 623 #-[ 編集]
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