世界中をぷらぷらしてきた

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作業を終えて三陸道を南下する。カーステレオからは震災情報がひっきりなしに流れている。石巻を離れ松島に差し掛かった辺りで車は渋滞に巻き込まれた。俺はこれまでの作業の事などを思い出していた。気がつくと疲れからなのかウトウトしかけている。帰り際に事故なんぞ起こしたら目も当てられない。俺は地元のずっと手前である仙台港で一旦高速道路から降りた。辺りはすっかり暗くなっている。

俺は家に戻る前にどうしても寄りたい場所があった。

スーパー銭湯だった。

ここ数日間まともに湯船につかっていないので寝る前に思う存分風呂に入りたかったのだ。眠い目を擦りながら最後の力を振り絞って俺はスーパー銭湯へと向かった。数日振りに入った風呂はとにかく格別の一言だった。これまでの作業の垢をこれでもかと言う位に落とし、俺は再び車へ戻った。これからどうしようか。

どうしようかというのにはワケがある。正直家に戻るのが少し怖かった。3.11の震災からまともに片付けすらしていなく、またあの部屋に居る時に大きな余震がきたらどうしようかなどと考えていると、とてもじゃないが暗い中戻る気にはなれなかった。そこで俺はコンビにでビールを買い込み、この日はスーパー銭湯の仮眠室で閉店時間まで眠り、あとは車で寝て朝になったら戻ろうと考えた。時間はアッという間に過ぎ、銭湯の店員に起こされて車へ戻る。ふと時間を確認しようとすると携帯に着信があった。おっさんからだった。その数なんと10件以上。時刻を見ると夜中の3時を回ったところだ。2~3回鳴らしてみて出なかったら明日かけてみようと俺はおっさんの携帯に電話をした。おっさんは即電話にでた。

俺「あ・・・あれ・・・もしもし」

お「兄ちゃんか?」

俺「はい。あの、すいません電話に出れなくて。それにこんな夜中に。着信の回数が多かったので急用なのかなと思って電話してみました」

お「兄ちゃん明日忙しいか?」

俺「明日ですか?特に何もないですよ」

お「申し訳ないんだけど明日来れるか?NPOの学生さん達が大勢来てくれるらしいんだけど現場を指示する人間が俺しかいないんだ」

俺「俺が指示するんですか?」

お「指示って言うか、現場監督的なもんでその場で一緒に作業をしてくれるこっち側の人間になって欲しいんだ」

俺「まぁ、全然いいですけど」

お「もう地元帰ったのか?」

俺「いや、偶然にも仙台なんですまだ。じゃ、明日朝行きますね」

お「助かる。本当に恩にきるよ。よろしくな!じゃ、おやすみ」


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翌朝、俺は三度石巻へと向かった。早めに到着してしまったので俺はおっさんから聞いた津波被害の大きかった場所をもう一度見に行く事にした。やはり、言葉を失ってしまった。余計な寄り道で渋滞に巻き込まれ、10分遅れで現場へ到着すると既にNPO法人らしき集団が現場に集まっている。大型バス2台にトラック3台。見ると皆若い。学生のようだ。

俺「おはよ~す」

お「兄ちゃん、来てくれたか!早速だけど俺はこっちの床と壁を作業するから指示頼むよ」

俺「え?!指示って何をするんですか今日は!?」

お「おっと、肝心な事を忘れてた。今日は家の中の床下の泥の掻き出しなんだ」

俺「うは~><でも学生さんも大勢いるし、いっちょ頑張りますか!」

お「本当にすまないけど、宜しく頼むよ」


床下の泥だし。これは想像を絶する作業だった。床の下には20cm程ヘ泥が溜まっており、そこへ潜りバケツリレーで泥を搔き出す作業だ。発電機からドラムコードで照明を床下に這わせ、ヘッドライトをヘルメットに取り付けて中へ潜る。床下は高さ5~60cmしかないので常に四つん這い状態だ。しかも臭いがキツイ。暑い。暗い。過酷な作業現場だった。

俺「あの~、ボランティアご苦労様です。今日は床下やるので体力に自信のある人俺についてきてもらっていいですか?」

どうせ誰もついてこないだろう。今時の学生なんてそんな奴等ばっかりだ。

そう思ってた自分が情けない。なんと全員が俺についてきてくれた。

俺「じゃあ、俺と一緒に中に入る人5名程、あとはここの穴からバケツを送り込む人数名、あとの残った人は一輪社全部使ってどんどん運び出してもらう形でいいかな?」

学生「はいっ!!!!」

俺「じゃ、いくよ~」


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こうして30cm四方の穴から床下へと入る。あとはただガムシャラに泥との格闘だ。気がつけばとっくに夕方になっていた。学生を始め全員が一言も発することが出来ない位に疲れきっていた。それでも家の床下の1/10程度しか泥は運び出せなかった。

俺「お疲れ様でした。本当にお疲れ様です」

学生「いやぁ、めっちゃヤバいですねこれ。全部やるんですよね?」

俺「うん。まだまだあるしね・・・。明日もよろしくです!」

学生「え?俺等は今日までなんで明日は来ないんですよ」

俺「え!?」

お「どう?進んだ?」

俺「あ、おっさん。1/10程度ですね・・・てか学生さん達明日来れないんですか?」

お「そうみたいだね」

俺「じゃあこの床下の残りどうするんですか?」

お「ぼちぼち頑張るさ。兄ちゃんも本当にありがとうな」

俺「え!?おっさん1人でやるの?」

お「1人じゃ無理さ。またこうして人手が多い時にやるよ。1人の時は別な作業だな。やることは尽きないし」

俺「・・・・・・・・・・・」

お「どした?」

俺「あーもうチクショー!やります!俺この床下終わるまではここにいますよ」

お「そう言ってくれると思ってたぜ」


こうして俺は床下が綺麗になるまでただひたすらに泥と格闘するのであった。勿論その間他のNPO法人や別団体のボランティアの皆さんも多く参加してくれ、床下は一週間後には見違えるほど綺麗になったのであった。
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綺麗に咲いていた桜も散った4月の下旬、俺はいつものように神社で目を覚ました。いい加減見慣れた風景を眺め、いつものようにミネラルウォーターを紙コップに注いで歯を磨き、身支度を整えて出発前に手を合わせる。もうスッカリ習慣になってしまっていた。親類や友人からは俺の身を心配してくれるメールが数多く届き、自分自身でもそろそろボランティアを切り上げて地元に帰りたかったが、帰ったところで俺の家は壊滅状態だったので住むには不便がある。実際、震災後GW明けまでお湯はでなかった。それならば限界を感じるまでボランティアをやってやろうと半ば意地のようにもなっていた。

ひより山には多くのボランティア団体が寝泊りをしていた。メインは恐らく石巻専修大学の校庭なのだろうけれど、そこはNPO法人のような大部隊の陣営であった。俺達のような個人で非力なボランティアは例え怪我をしようと保険はないし、食べるものも寝る場所も自分で用意しなければならなかった。勿論、そんなこと苦には思わなかったし、嫌だとも思わなかった。ただ唯一辛かったのは風呂に入れなかったことと、なけなしのお金が底を尽きそうだったことだった。毎日のようにカップラーメンの生活を続けても1日3食では体が持たない。それに夜は飲みたくなるし、3日に1回は焼酎のボトルを買っていた。ガソリンも馬鹿にならなかった。同じ石巻市内の移動とはいえ、移動の時だけエンジンをかけるわけにもいかず、携帯を充電したい時はエンジンをかけたし、寒い夜は暖房を使った。3.11の経験から、常にガソリンは満タン近くでキープしようと心掛けていたので俺は毎日朝現場に向かう前に給油をしてから向かっていた。


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出掛ける前に顔馴染みになった個人のボランティアや小規模の団体グループに挨拶をして出発する。この日も相変わらずの泥との格闘だった。現場は俺が来た時より良くなっている場所もあれば悪くなっている場所もあった。良くなている場所とは、勿論作業によって片付いた場所。片付いたと言っても勿論人が住める状況ではない。これから住めるかも分からない。そんな場所の泥を何故かきだすのか時折疑問に思ったが、もし仮に俺が被災者だったらきっと建物を後から取り壊すとしても今目の前にあった泥は出したいと思い、ただひたすら泥を運び出した。

悪くなっている場所というのは作業で使う機材だった。機材と言っても人海戦術なのでスコップと一輪車位だったが、柄の部分が木のスコップは折れてしまったものもあれば、一輪車は半分以上がパンクしてしまった状態だった。パンクしていない一輪車も空気が抜けてしまっており、重い泥を運ぶ時はとても辛かった。普段力仕事などしない俺の手のひらは何度も豆が出来てはつぶれ、自分でも自分の手ではないようなものになっていた。

それにしても人の力というか絆というものは本当に素晴らしいものだと本当に思った。石巻で生活して随分経ったが、その辺を走っている車のナンバープレートを見ると他県のものが圧倒的に多かった。ひより山に行くとほぼ100%他県ナンバーのものだった。他人との関係がどんどんと疎遠になっている昨今、このような緊急事態にはいざとなったら力を合わせて頑張れるんだなって思うと少し嬉しかった。


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(なにわナンバーの郵便屋さん)


ある日、他のボランティアの人達が全く来なく俺とおっさんだけの日があった。いつもの様に泥運びをしていた俺におっさんが言った。

お「ぷら君?」

俺「はい」

お「疲れたな~?」

俺「はい・・・でも頑張りましょう!」

お「今日はさ、他の人もいないし2人でやるには厳しいから午後は休みにしないか?」

俺「でも・・・」

お「あれから毎日1日も休まないでやってんだ。半日位休んでも罰あたらねえよ」

俺「それもそうですね」

お「じゃ、午後まで頑張ろう!」

休めるのは実際嬉しかった。でもそれと裏腹に俺は困っていた。昼間、この被災地石巻で自由になっても行く場所がないのである。ひより山へ戻っても昼間で人目が気になるし、とにかくどこに行く場所もなかった。俺はひそかに思っていた。「地元・・・帰っちゃおうかな」と。

お「よーしお疲れ様!終了だー!」

俺「お疲れ様です!あの、俺一旦今日地元に帰ります」

お「そっかそっか。それがいいよ。ぷら君は随分頑張ってくれたし、あとは地元で自分の事をやってよ」

俺「いや・・でも」

お「俺は仕事なんだから当然だし、いいんだよ」

俺「じゃ、携帯教えてください!どうしても人手が足りなかったら呼んでください!」

お「分かった。で、これどうやって番号交換するんだ?俺機械弱いんだよ」

俺「じゃ、俺がおっさんの携帯に俺の番号登録しときますよ」

お「ありがとな」

俺「おっさんも元気で!無理しないでくださいよ」

お「ああ。ぷら君みたいに見ず知らずの人がこんなに大勢石巻の為に頑張ってくれてるんだ。石巻はきっと復興するよ」

俺「はい」

お「そうだ、帰る前にここの道を真っすぐ行った幼稚園行ってみなよ」

俺「幼稚園?」

お「あの辺りは特に津波被害が多い場所だったんだ。1000年に1度って言われてるこの地震とつなみの跡を生で見ておくことはきっと大切な事だと思うんだ」

俺「はい!そうしてみます!」

こうして俺は現場を後にした。いつも作業が終わると向かっていたひより山とは逆方向に車を走らせる。おっさんが教えてくれた方向に走ると、そこにはTVの画面でしか見た事がなかった風景が広がっていた。


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何も無かった。本当に何も無かった。

誰かが「もし本当に神様ってのがいるなら、それは残酷な奴だよな」って言ったのを思い出した。

俺は何故かなかなかその場を離れる事が出来ず、その地区を車で降りて歩き回った。


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帰る頃には陽が沈みかけていた。

石巻には必ず未来がある。そう信じて俺は一旦地元に戻った。
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何度も何度も夜中に目が覚めた。

気付けばろくに睡眠も取れずに朝になっていた。

車の外へ出て背伸びをするとまだ肌寒い東北の空気が寝不足の俺の目を覚ました。トランクを開けてミネラルウォーターを紙コップへ注ぎ歯を磨く。車を暖気してコンビニの駐車場でおにぎりとカップラーメンを大量に購入すると、俺は再び石巻を目指して車を走らせた。震災後約1カ月が経過していたこともあり、世の中は徐々に普段の生活に戻ろうとしていた。高速道路に乗ると通勤の為の車と支援物資やボランティアの車、更には自衛隊車両で即大渋滞に巻き込まれた。


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午前9時、約2時間かけて俺は再び昨日の現場へと到着した。辺りを見渡すとおっさんがせっせと一輪車で1人泥を運び出していた。

俺「おはようございます!」

お「お、本当にきてくれたのか」

俺「はい!あ、買ってきたものどこに置けばいいですか?」

お「本当に有り難いな。じゃ、そこの休憩所に頼む」

俺「はい!」

おっさんが休憩所と言って指差した場所に目を向けると、そこは津波によって焼却炉が流された場所であった。ただブロック塀がコの字型に立ってるだけで屋根はない。そこにブルーシートを敷き詰め、どこからか拾ってきた木箱のテーブルがあるだけだった。俺はそこに買ってきたカセットコンロや水などを置き、ツナギ姿に着替えた。

俺「さぁ、頑張りましょう」

お「ありがとな。じゃあ、ここにある泥をとにかく外に出したいから一輪車係やってもらえるか?」

俺「はい」

こうして2日目、俺はおっさんと2人で作業をひたすら繰り返した。最初の30分は互いの経歴のようなものを。俺はとても普段はプラプラしている人間だなんておっさんに言えず、コンビニの店員と言う事になっていた。その最初の30分はお互い話ながら作業をするのだが、徐々に疲れが出てきて無言で一輪車を泥捨て場へ運ぶだけの作業になってしまった。泥はいくら掻きだしてもキリがなく、重油を含んだ粘り気のある真っ黒な泥がバケツやスコップから一輪車に入れる時に跳ねる。午前中はもうとにかく必死で泥を掻きだした。

お「兄ちゃん、そろそろ昼飯にしよう」

俺「はい・・・・」

先程の焼却炉跡地へ行き、カセットコンロでお湯を沸かしておっさんに渡すとおっさんはとても喜んでくれた。

お「カップラーメン・・・久々だなぁ・・・・」

俺「へ?避難所とかで食えないんですか?」

お「避難所によるんだよ。いい避難所もあれば悪い避難所もある。物資だってそうだ。沢山ある避難所で余っているものもあれば足りないものだってある」

俺「へ~」

お「俺のいる避難所では毛布が余ってるんだ。10人かそこらしかいないのに50枚も行政からきやがる。でも他には毛布が足りなくて困ってる避難所だってあるんだ。俺のいる避難所は赤ん坊がいないのにオムツだってある。もっと必要としているところがあるはずなのに」

俺「なんでそんないびつな感じになってるんですか?」

お「さぁ、分からんよ。お、家主さんが来たぞ」

俺「え?ここおっさんの家じゃないの?」

お「俺は頼まれて来てるただの大工だよ」

家「ご苦労様~あれ?」

俺「はじめまして。ぷらぷらって言います。個人のボランティアで来たんでこき使ってください」

家「ほぉ~、有り難いなぁ。見ての通り俺はこう、脚も悪いし力仕事が出来ないんだよ」

俺「はぁ」

家「ほんと、有り難いことです。避難所からパンもらってきたんで食べてください」

俺「いや、大丈夫です」

こうして数日、俺はおっさんと2人で作業を続けた。しかしいつまで経っても泥は無くならなかった。

ある日、いつものように朝現場へ来るとおっさんの姿が無かった。勝手に現場に入るのは他人の家に土足であがりこむ様な気がして悪い気がしたが、既に津波で扉や壁はない。俺は勝手に入ってスコップを持ち出し、昨日の続きの外の倉庫の泥を1人延々と掻きだしていた。午後になってもおっさんは現れず、適当に昼食を食べた俺は午後も1人で作業を続けた。そんな時、おっさんがやっとやってきた。

俺「あ、お疲れさんです!」

お「1人でやってたのか?」

俺「はい。今日遅かったですね」

お「今日は知り合いの葬儀だったんだよ」

俺「津波で・・・ですか?」

お「ああ。その家一家全員やられちまったぁ。なんだかな。いざ骨になると悲しいもんだな」

俺「・・・・・」

お「よし、初めっか!」

俺「もう始まってたっすw」


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そしてまた地味な作業に戻った。

そんなことを1週間程繰り返していたらついに倉庫の泥の掻きだしに成功した。

俺「やったっすね!」

お「ああ・・頑張ったなぁ」

俺「はい!あとは?」

お「ここからが地獄なんだよ。家の床下をやらにゃいかんのだ」

俺「どうやってやるんですか?」

お「俺が床をはがすから、そこから入って泥をバケツで運ぶしかないな」

俺「はぁ~」

お「とりあえず今日はここまでにしよう。そういやお前どこで寝泊りしてるんだ?」

俺「昨日はコンビニの駐車場で、おとといは・・・居酒屋の駐車場でしたよ」

お「そんなとこで寝てたのか?!風呂はどうしてたんだ?!」

俺「風呂は3日に1回○○○の道の駅まで高速で・・・」

お「よし、お前今日うちの避難所にこい」

俺「いや、いいですよ」

お「よくねぇ。車でなんか寝泊りしてたら体壊しちまう。横になって寝ろ。布団と毛布はいくらでもあるからよ」

俺「いや、本当に大丈夫ですよ!また来ますね!じゃ!!」

俺は逃げるように現場を後にした。別におっさんの避難所にお世話になるのが嫌だったわけじゃなく、一応ボランティアなのだから被災者の手は借りていけないと思ったからだった。まぁ、今後2~3日普通に世話になっているのだけれども。

そして翌日から家の床下の泥のかきだしが始まった。幸いボランティアも増え、数日後にはNPO法人の団体さんが入る事になっていた。俺はその日各部屋ごとに床をはがした。おっさんがチェーンソーで切れ目を入れ、俺がバールでこじあげる作業だった。案外ガッチリ作られているもので、こんなしっかりした家を流してしまうとは本当に津波の恐ろしさを思い知った。作業中は時折余震も多く、なおかつ海から50mも離れていない現場での作業だったので常に緊張して作業を行っていた。4月も下旬に差し掛かる頃だった。この頃俺は作業にも随分と慣れ、寝泊りする場所は高台のひより山神社で行っていた。ここひより山神社は石巻を一望できる場所で、それはもう・・・津波の恐ろしさを目の当たりに出来る場所であった。


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毎日朝と夕方、俺は鳥居の前で手を合わせた。

4月半ばには桜が咲き乱れ、本当に綺麗な場所だった。しかし桜の花の奥に目を向けると、そこには地獄があった。去年の今頃、今年もこうして桜を楽しもうとしてたに違いない。毎晩、神社の灯りの下で焼酎のお湯割りを飲むのが日課となっていた俺だったが、時折花を捧げて手を合わせ、すすり泣きをする人の姿を見るとなんとも言えず悲しい気分になった。それと同時にもっと頑張ってボランティアを頑張ると気持ちにもなった。

自信から1カ月半が経過しようとしていた。石巻の春はまだあまりに遠かった。
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朝6時半、荷物を詰め込んで約100km北にある石巻を目指す。とりわけ気分は気軽なものだった。ボランティアをすると一言に言っても炊き出しから子供の世話、力仕事もあれば支援物資の管理などもある。俺が希望したのは力仕事だった。まだ見ぬ被災地で俺が思い描いていたものは倒壊した家屋の瓦礫の撤去や、人の手で丁寧に取り出す思い出の品などを運び出す仕事だった。


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高速道路へ乗り一気に北上を続ける。ただ一つ困ったことがあった。ボランティアをすると言っても俺は完全な個人のボランティアだ。石巻に親戚や友人でもいれば、そのお宅に行って手伝うこともできようが、そんな知り合いはいない。話を聞くとNPO法人などは学生を中心に集めたりしており、毎日しっかり保険をかけて安全を確保した上で作業をしている。されど俺にはそこに入るつてもない。まぁ、いくら悩んでも仕方ないのでそのまま現地へ向かうことにした。

早朝に家を出たというのに思いもよらぬ大渋滞に巻き込まれ、石巻市に到着したのは9時前後だった。高速道路を降りて最初にある交差点で何か違和感を感じたので改めて見て見ると信号機が無い。いや、信号機どころか電柱すらない状態であった。そもそも降りた高速のICが「石巻港」という場所だったので海から近いことが容易に想像できたが、信号機や電柱をなぎ倒してしまう津波の威力に改めて恐怖を覚えた。あれだけTVで津波の恐ろしさを見ていたはずなのに。


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どこへ行けばいいかも分からないのでとりあえず海の方向に車を走らせる。

どこを見渡しても瓦礫と流された車の山だった。ここが日本とは到底思えなかった。


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とりあえず海へ向かってみた。船が陸地に打ち上げられていたり、自衛隊の人達がゴムボートで湾周辺の遺体の捜索をしているところだった。あまりの悲惨な光景をぼーっと眺めていると警察の方がいたので俺は声をかけてみることにした。

俺「すいません」

警「はい」

俺「あの、俺ボランティアがしたくて来たんですけどどこに行けばいいんでしょう?」

警「う~ん、どこかの団体さんを探しているの?」

俺「いえ、あては全く無い個人です」

警「個人か~。気分を悪くしないでね。今お兄ちゃんみたいなボランティアの人が凄く増えてるようなんだよ」

俺「はぁ」

警「見ての通りの惨状だから、ボランティアの人達も食べるものとか寝る場所は自己責任だし、勿論危険なことも自己責任。でも泊めてくださいとか食べ物くださいって逆に被災者に迫るボランティアの人達も多いみたいで今は団体に所属していないと難しいみたいだよ」

俺「そうなんですか・・・」

警「お兄ちゃんがそうだって言ってるわけではないからね」

俺「はい。あの、その団体の本部みたいなのってどこにあるか分かりますか」

警「石巻専修大学にあるよ」

俺「有り難うございます!行ってみます!」

そうして俺は再び車を走らせた。だがしかし俺のオンボロ車にはナビも無ければ地図もない。そもそもあった所でいたる所が通行止めの石巻、道はあるようで無いも同然だった。適当に走り回って分からなければいる人に聞こう。そう思い人を探したが、皆必死で作業をしていて話しかけられる雰囲気ではなかった。時刻は昼を回っていた。張り切って朝の6時過ぎに家を出たのに今だ綺麗な格好のまま車で走り回っているだけだった。

そんな時、ふと泥だらけの格好で煙草を吸っているおっさんが目に入った。俺は車を空き地に突っ込み、そのおっさんに話しかけた。

俺「すいません」

お「はい」

俺「あの、ボランティアをしたくて来たんですけど」

お「あ~、大学探してるの?」

俺「はい!」

お「ここからこ~行って、あ~行って、次曲がって・・・で、まっすぐい」

俺「あの・・・ここから遠いんですか?」

お「ま~高速で隣のICだかんな~」

俺「ええ・・・そうだったんですか・・・」

お「兄ちゃん個人か?」

俺「はい」

お「ほうか。ご苦労さんだなぁ」

俺「いえ、そんなことないです。そうだ!」

お「?」

俺「あの・・俺ここでボランティアさせてくれませんか?」

お「なに?」

俺「ここで一緒にボランティアさせてください!」

お「本当か?そりゃ助かるよ。今必死で泥をかき出してたところなんだ。でも兄ちゃんその服装じゃ汚れっちまうぞ?」

俺「一応カッパとか持ってきました!」

お「お~!有難いなぁ!今から昼休憩だから、午後から一緒にやってくれるか?」

俺「はい!あの、車は?」

お「ここの駐車場に入れればいい」

俺「有り難うございます!」

お「それはこっちの言葉だよ」

思わぬ形でボランティア場所が見つかった俺はその現場でボランティアをすることになった。その日、作業をしていたメンバーはおっさん、おばさん、俺と同じ位の息子さんだった。カッパを着て長靴を履き、ゴム手袋をつけヘルメットをかぶる。そしてボランティアが始まった。13時から16時まで、延々と泥をかき出す作業だった。六畳程度の部屋なのだが、休むことなく延々作業をしてもその日で終わることはなかった。石巻は津波に重油が混じっており粘り気があり、真っ黒で臭いもきつい泥だった。たった3時間の作業で俺は立てない位にフラフラになった。

お「お疲れさん。有り難うな」

俺「はぁ・・はぁ・・お疲れ様です」

お「どうだ?大変だろ?」

俺「はい・・・こんなに大変とは思いませんでした」

お「ところで兄ちゃん、今日はどこに寝るんだ?」

俺「いや、まだ決めてないんですよ。この辺にホテルとかありますか?」

お「あることはあるけど電力会社の連中が貸切で抑えてあるから、皆ボランティアの人は大学の校庭にテント張って寝泊りしているみたいだな」

俺「テント・・・・。あの・・じゃあ風呂とか入れるところありますか?」

お「あるわけないだろ~。俺だってもう1週間以上入ってないよ」

俺「マジですか・・・」

お「ああ。でもこれが現実だからなぁ」

俺「あの、俺明日も来ます!今日持ってきた道具じゃ足りないし、今から一旦仙台戻って道具揃えてまた明日きます!」

お「仙台って言ったって・・大変だろう・・・」

俺「いえ、できるだけ頑張ります。何か足りないものとかありますか?あれば便利なものとか?俺、お金そんなに無いけど買えそうなものなら買ってきますよ」

お「兄ちゃん、ほんと有難いなぁ。じゃあ卓上コンロとかあったら頼むわ」

俺「はい!それじゃ!!」

こうして初日、俺は仙台まで戻ることにした。それからホームセンターを回り、つなぎを購入し、長靴も本格的なものを購入。マスクも花粉症対策などのものではなく、防塵マスクを購入した。卓上コンロもなんとか1つみつかった。あとはアルコール消毒ようのウェットティッシュや、小型のラジオ、おっさん達が飲めるようにペットボトルのコーヒーと、水を買えるだけ購入した。それから寝床の確保の予定だったが、購入した金額が予想を遥かに超えた為に俺は車で眠ることにした。幸い日本半周した時の毛布も入っている。


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こうして俺はこの日の夜、10m級の津波が襲った仙台港で1人眠るのであった。

今後その現場を離れられなくなり、おっさんと奮闘するとも思わずに。
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